北話§作曲家が呪縛から解放される時

ブラームスが交響曲第1番を書き上げたのは1876年。完成までに21年
という年月をかけている。同じ年、ワーグナーはバイロイト祝祭劇場
で『ニーベルングの指環』を柿落とし上演していたりする。

ブラームスの頭の中からはベートーヴェンの交響曲が離れてくれなか
ったようで、それらに匹敵するものをと目論んだ結果の年月というこ
とだったのかと。

その21年という間にブラームスが為していた作業というものはどのよ
うなものだったのか、ただの音楽好きからは想像もつかない。

ただ、ブラームスの先輩格であるシューマンは、そういう“眼の上の
たんこぶ”がなかったのか、あっても気にしなかったのか、4曲の交
響曲を颯爽と書いてしまい、それぞれがキラキラとした輝きに満ちて
いるような気がする。

それに比べて悩めるブラームスはベートーヴェンからの脱出に手こず
ってしまったのだが、産みの苦しみが大きかった分、満を持して生ま
れた第1番は、ブラームスという作曲家の名をより高く上げることに
なったのだろう。

もし、ブラームスにベートーヴェンという存在がなかったら、音楽史
に名を残すことなく終わったかもしれない。あるいはベートーヴェン
の呪縛にかかることがなかったら同様のことが起きていたかもしれな
いのである。

そして20年を超える苦闘を乗り越えた後、第2番の伸びやかなこと。

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