美話§時分の花~円熟との兼ね合い~

“時分の花”と“円熟”とが何となくわかるようになったのは、歌舞
伎を観始めてからである。

まったく同じ演目を様々な世代の役者が演じるのは、ひとえに円熟へ
の道筋ということだろう。

若いからといって、実際の年齢に重なる役を演じることができるかと
いえばそんなことはない。バレエだって、いくら『ジゼル』の主人公
が17歳の少女という設定であっても、実際に17歳の少女が同い年の役
を表現するには未熟であるという不思議。

芸をリアルに、あるいはそれらしく見せるためには長い年月が必要に
なることなど珍しくもない。バレエにせよ歌舞伎にせよ、身体表現の
ための鍛錬に長い時間がかかるわけだが、その結果ようやく型が見せ
られる。

時分の花との邂逅は、そうなったごくごく短い瞬間的な時期でしかな
い。歌舞伎の舞台を観ていて、そういう瞬間に出会えたという幸運が
あっただろうかと考えてみた。

記憶の限りでは、菊之助が踊った『京人形』くらいなものだろうか。
あれは“ああでなくてはならぬ”という存在としての菊之助だったの
だ。これが少し前だったら踊りきれず、この時期より後になると人工
美としての人形ではなくなりそうな気がしてならなかったのである。

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