沙話§『じゃじゃ馬馴らし』さいたま

うーん……退屈だった。

“芝居はアンサンブルが命”だと思っている身からしたら、そういう
ところがどこかへなおざりにされてしまったような仕上がりである。

市川亀治郎(キャタリーナ)、筧利夫(ペトルーチオ)といった、人気役
者を揃えてみましたという印象でしかなく、どうも全体のスカスカ感
ばかりが記憶に残ってしまった。

以前、ロイヤル・シェイクスピア劇団の来日公演で観た時にはカット
されていたプロローグ……酔っぱらいのスライを領主に仕立て上げ、
劇中劇を見せるというあたりはともかくも、本編になったら何ともま
とまりに欠ける舞台になってしまっていた。そういう意味では、前説
をカットして本編から始めたほうがすっきりしていたかもしれない。

ともかくも役者の凸凹が激しすぎたのである。申し訳ないがルーセン
ショーを演じたお兄ちゃんはまあ……台詞にも動きにも、今後の精進
が必要だし、ビアンカのお兄ちゃんも、それよりはましかもしれない
が……というわけで、その部分が低調のままだったのである。

じゃあ亀治郎がどうだったかというと、もちろん“いつもの亀治郎”
としての仕事をしていたが、それが微妙に浮く部分がなきにしもあら
ずで凸凹感を増幅していたのだった。歌舞伎役者が新劇をする時の、
特に女形の台詞回しにはさすがに違和感を覚えてしまった。だからと
いうわけではないが、最後のキャタリーナの台詞が力み過ぎていて、
現代の我々にすればおよそ保守的な台詞が、何の皮肉もエスプリもな
く、ストレートままに響いて聞こえたのだった。

というわけで蜷川幸雄演出によるシェイクスピアの舞台だが、歌舞伎
版『十二夜』を除けば、初めての新劇版を観たわけだが、他の演目の
出来はいざ知らず、こと『じゃじゃ馬馴らし』に関しては期待はずれ
だったということである。

《歌舞伎のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック