共話§待降節独墺旅[8]イゾルデ

[承前]

それにしても何と研ぎ澄まされた音楽だろうか。これほどに音楽的に
純粋な『トリスタンとイゾルデ』の存在があっただろうかと思う。

トップクラスの歌手を揃えてはいるのだが、まず第一にオーケストラ
の音に耳を奪われてしまうのはいたしかたのないところである。アバ
ドが指揮するワーグナーの音楽は、何ら揺らぐことなく透徹した響き
を持続させていた。

カラヤンが君臨していた時代は、まさにゴージャスな音を意のままに
していたベルリンフィルが、打って変わって贅肉を殺ぎ落とされて、
日本刀を思わせる、鋭くて恐ろしいまでの透明感を持った音楽を紡ぎ
だすとは……。

それは、イゾルデを待ち続けるトリスタンの背後で切なく鳴り響いた
ドミニク・ヴォレンヴェーバーのイングリッシュホルンであったり、
マルケの独白に寄り添ったマンフレート・プライスのバスクラリネッ
トのソロの卓越した音楽表現に象徴されてもいた。

まさにアバドとベルリンフィルの『トリスタンとイゾルデ』なのだ。

というわけで、実は歌手についての記憶が欠落している。ネックとな
ったのは、やはりというかステージの後ろで聴いていたがゆえのこと
であろうが、返す返すも惜しいことをしたと思うのである。

そして21時過ぎに終演。20分近くカーテンコールが続き、聴衆も特別
な瞬間に立ち会えたことを感謝したのだった。終演後、明日の朝には
日本にとんぼ返りする知り合いを誘って、ホテル近くの中華料理屋で
夜食を楽しみながらコンサートを振り返ったのだった。
                            [続く]

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