ひだまりのお話

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zoom RSS 鮮話§フレッシュという概念の差異

<<   作成日時 : 2011/05/25 00:02   >>

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初めて海外旅行をしたのは1980年の暮れ。何度も書いているように、
ドイツ&オーストリアである。

その当時、冬という季節的な問題もあったのだろうが、特急列車の食
堂車で料理に小さいサラダが付いてきたのだが、それを見て驚いた。
サラダとは名ばかりで、キャベツというよりも白菜のようなのがクッ
タリと茹でられて、茹でジャガイモなどと同居していたのだ。

その後、10日間ほどの旅行の間に生野菜にお目にかかったことはない
ままに終わってしまった。

その後、何度かの旅行を経て、ようやく生野菜のサラダが普通に食べ
られるようになったのだ。最初の旅行から10年経ってのことである。

それで、やれうれしやと注文すると、何と悲しいことにドレッシング
をドボドボにかけて出してくるのだ。ドレッシング浸しの生野菜など
元々がうまかったとしても、ドレッシングの味に支配されて、何にも
意味を成さなかったのだ。

その後、少し知恵がついて“ドレッシングは少しでいい”と言ってみ
ることを覚えたが、確率はすこぶる悪い。少しでと言っても生返事で
忘れられたり、こっちが少しでと注文するのを忘れたりで、しかたな
く、サラダの入った器を斜めにして洪水からいくぶんか救い出すこと
になる。

我々が普通に生野菜を食べていたのとは、まったく違う次元のサラダ
が、ほんのちょっと前のかの国では食べられていたのだということを
思い出して、改めてフレッシュなるものの受容と供給の違いに驚いて
いるところなのだ。

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