想話§尾瀬~音楽と心象風景[中]

[承前]

8月中旬の、まさにこの時期。昼下がりの尾瀬ヶ原の木道をぶらぶら
散策する時、特に平日は登山客がパタリと途絶えて、誰もいない湿原
の真っ只中に我が身が一人だけということがある。

湿原を流れる小川の木橋に腰掛け、目の焦点をぼかして時間が経って
いく様子をぼんやりと感じとろうとする時、眼にする風景が白昼夢の
ように見えてくるのだ。

そんな時に頭の中を横切っていく音楽はドビュッシーの『牧神の午後
への前奏曲』であったり、同じくドビュッシーのフルート独奏曲であ
る『シリンクス』と決まっている。

風景が点描化されると同時にドビュッシーの音楽も点描化されていっ
て、現実と幻との境い目がどんどん希薄になっていく。これをもって
トリップしているかどうかはわからない。これでも現実との繋がりを
断ち切ろうとしてまでという意志はないからなのだ。

それに、いくら人の気配がないとはいっても、15分か20分もすれば、
人の一人や二人は木道伝いに歩いてきてしまうわけで、現実との折り
合いもつけながら束の間の一人夢想タイムを過ごしたのである。

40年近く前の大学時代に年間60日以上滞在した、そんなまだまだ夢見
がちな青年の汗顔ものの記憶なのだが、もう一つ思い出してしまった
ので、項を改めて書いてみよう。
                            [続く]

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