謎話§ハイドンの交響曲とクラリネット

ハイドンが自らの交響曲にクラリネットを使ったのは、モーツァルト
の死から2年が過ぎた1793年の第99番でのことである。

12曲からなるザロモン・セットの、さらに後半の6曲でしかクラリネ
ットが使われていないのだ。104という数の交響曲をものしたハイ
ドンもまた、楽器の進歩や改良とか、満足できる奏者が調達できるか
どうかとは無縁でなかったということなのだ。

確かにモーツァルトの周囲にはクラリネットの名人(シュタードラー)
がいて、彼がいたからこそ協奏曲や五重奏曲が誕生しているのだ。

詳しく調べたわけではないが1782年に初演された『後宮からの逃走』
でも、既にクラリネットは楽器編成に組み込まれている。ゆえにハイ
ドンがクラリネットを知らなかったはずもなかったと想像はできる。

大雑把に年譜を眺めると1790年にエステルハージ家から職を解かれる
までの在職中、彼が司っていた楽団にクラリネット奏者はいなかった
という単純な理由によるところが大きかったということだろう。

こうして乱暴に俯瞰してみると、ウィーンという中心地で仕事をして
いたモーツァルトと田舎町で楽長をしていたハイドンと、楽器の融通
度は格段に差があったという推理は簡単にできそうである。

ハイドンほどの才能であったなら、演奏家がいなくともクラリネット
を使って作曲することは雑作のないことだろうが、そこには、日々の
仕事を淡々とこなす雇われ音楽家の姿を垣間見ることができるのだ。
これがベートーヴェンのようなフリーランスの作曲家であれば、楽想
のまま、楽器編成や楽器の性能など関係なく楽譜を紡いでいくことが
可能になったりするという……まさに時の流れということなのか。

《クラシックのトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック