悼話§中村芝翫さん(歌舞伎役者)

新橋演舞場の秀山祭九月大歌舞伎夜の部の観に行ったら『沓手鳥孤城
落月』の淀君を休演されていた。そして月が変わっての訃報である。

2005年2月歌舞伎座で観た、人間国宝勢揃いの『野崎村』が強烈な記
憶として残っている。お光:中村芝翫、お染:中村雀右衛門、久松:
中村鴈治郎(現・藤十郎)、お常:澤村田之助、下女 およし:中村吉
之丞、久作:中村富十郎という、その当時“四百歳の野崎村”として
話題になった舞台。

姿だけ見れば全員が老境にある人達で、ところが彼らが芝居を始めた
ら、そんな印象はあっという間に吹っ飛んでしまい、まさに恐るべき
年の功の世界を見せられたのである。

その時、お光を演じた芝翫の何と可憐だったこと! 本の中で多くの
芸談を読んだが、そういう境地を目の当たりにするとは……今思い出
しても背筋がゾクっとする舞台だったのだ。

富十郎既に亡く、雀右衛門も田之助も舞台から遠ざかってしまった。
歌舞伎という、気の遠くなるような時間をかけて自分の芸を磨き続け
るシステムはまた、円熟と死とがすぐ隣り合わせにあるという冷酷な
事実も同時に教えてくれるのである。

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