想話§標題音楽を考える・・・

ベートーヴェンの交響曲第6番は田園という表題が付いたうえに、各
楽章に簡単な説明が添えられている。ベルリオーズの幻想交響曲もま
たしかりである。

そうやって作曲家自身が命名したりというものとは別に第三者がその
音楽を聴いて“こりゃあ何とかだよね”と言ったことが、世間に伝播
していったものがある。

言うまでもなくベートーヴェンの交響曲第5番が『運命』という名称
呼ばれている件だが、これは欧米では一般化しているわけではなく、
ある意味で日本的な現象と言ってもいいだろう。

一応の根拠としては、弟子であるシントラーがベートーヴェンに冒頭
の動機の意味を質問したら“運命はこのように扉を叩くのだ”という
話なのだが、根拠のある話だったら、もっと欧米で一般化していたは
ずではないか。

そうして、こういう類を“標題”などと呼ぶのは無理があるだろうと
思うのだ。もちろん人間はイマジネーションの産物であるからして、
音楽を聴いてある情景や事象を思い浮かべるのは当然のことである。

だが、それはあくまでも個人の領域のことではなかろうか。それを原
曲に無理矢理命名してみたるするのは、はなはだ乱暴なことだと言っ
てもいいだろう。

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