覚話§東西食事処メニューと日本の料理

ことさらドイツの街中で食事をする時、メニューを眺めながら、十年
一日とはまさにこのことだろうと変な感心をしてしまう。

日本のどうってことのない町場の居酒屋でも、四季の出し物の変化は
あるのに、ドイツのビアホールのメニューは、一年中ほぼ一定してい
て、せいぜい初夏のアスパラガスとか秋のジビエが季節を感じさせる
くらいではなかろうか。さすがに、そのあたりはドイツ人でも季節を
感じているのだろうと想像している。

まずもって手前味噌を承知で書き進めるが、日本で食べられる食事は
世界一だと自信をもって断言できる。それは、日本人の手先の器用さ
に由来するところが大きいのと、間違いなくそれぞれの料理のレシピ
を忠実かつ謙虚にに再現するところから始まって、それを洗練の高み
へと引き上げることができるからだ。

ドイツあたりで、寿司がどんな扱い方をされているかといえば、日本
人スタッフのいない店を見れば一目瞭然で、トンデモな寿司が平然と
売られているのだ。味だって言うまでもないだろう。

そもそも“米を研ぐ”という発想もないだろうから、米に水を注いで
そのまま炊いてしまったりするだろうし、以前みたイギリスの日本料
理を作る番組でなど、味噌に湯を足しただけで味噌汁として紹介して
いた。出汁という概念がないからであろう。肉や魚からスープを取る
のに、それと出汁とが結びつかないということか。

洋の東西を問わず、常に飢えていた時代から現代のように豊かな食を
享受できるようになったにもかかわらず、このような違いがでてきた
理由は何なのだろう。季節感のあるなしとは無関係なことだろうか。

まあ、たまたまであるのだろうが、日本と日本人が地球上のそういう
位置に存在し、かくのごとくの歴史を経てきたがゆえのことだと想像
している。

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