鳴話§ザ・シンフォニーホール~大阪~

東京にサントリーホールができるより6年早い1982年、大阪に“ザ・
シンフォニーホール”が完成した。残響2秒という1700名収容のホー
ルは、関東の人間からも羨望の眼差しを向けられていた。

そんなホールへ初訪問が実現したのは1986年3月サントリーホールが
できる半年ほど前のことである。意外にすんなりとサー・ゲオルグ・
ショルティ指揮、シカゴ交響楽団のチケットが確保できたので、勇躍
浪花の地へと赴いたのである。

プログラムはモーツァルトの交響曲第35番『ハフナー』とマーラーの
交響曲第5番。アンコールにドビュッシーの映像から一曲。

一曲目のモーツァルトは、弦五部の編成が小さめだったせいか、やや
ザラつき気味な印象。まあ、手合わせという感じで軽く終わったとい
う印象だった。

そして一転、大編成のマーラーの、かつて聴いたことのないダイナミ
ックな演奏に腰を抜かしそうになった。フォルティシモもピアニシモ
も、日本のオーケストラの能力をはるかに超えるレンジ幅でもって、
極限まで表現されつくされていたのだ。

あまつさえ4楽章……あのアダージェットは、その前の来日公演の時
に“マーラーが書いたスコアの表情記号を完璧に再現した”と吉田秀
和が評した、まさにそのとおりの音楽だったのである。

話をシンフォニーホールに戻すが、その時のアコースティックは見事
なものだった。ようやく日本にもこういう音響のホールが出てきたの
だという深い感慨を持ったが、同時に1700人というキャパシティの空
間がショルティとシカゴ響には狭すぎたとも思ったのだ。

彼らが演奏したマーラーは、さしずめ25mプールに入れられたシロナ
ガスクジラのごとく、ホールは飽和状態になってしまったのである。

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