流話§『美しき水車屋の娘』はテナーで

シューマンの『女の愛と生涯』をマティアス・ゲルネが歌ったリサイ
タルが日本でも行われたが、さすがに自分自身の中のイメージと合致
することはなく、聴きに行くことはなかった。

それとこれとが微妙にリンクしているかどうかはわからないが、シュ
ーベルトの『美しき水車屋の娘』はテナーの声質で聴くのが好きなの
である。

水車屋の遍歴青年は若く未熟なゆえに、激しく勘違いしまくった恋愛
に敗れて死に至るという……まあ『冬の旅』の青年も思い込みが激し
くもないが、あまりにも自己都合が過ぎてという気がしてならない。

そんな連作リートを歌うのに、訳知りのように聴こえてしまうバスバ
リトンのような声質は似合わないと思うのだ。同じバリトンでもハイ
バリトンであるならば、まだまだ許容の範囲かも知れないが、ここは
潔くテナーの若々しく伸びやかな歌声が合っていると思うのである。

もちろん、テナーの声が軽率とか軽薄とか、そういう意味ではなく、
絵を描く時の対象にふさわしい色の絵の具を使うという役割のような
ものと思えばいいだろう。なのでバスバリトンの“パレット”で水車
屋を描くのは難しいと思うのだ。

というわけで、今聴いて一番面白いのはイアン・ボストリッジだと思
っている。彼の演劇性、時に憑依したかのような詩と音楽への没入は
他の追随を許さないものがある。好みが分かれることは承知で、彼の
水車屋は一押しである。

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