紡話§日本語が管理されていなかった

人類にとって――いきなり大きく出てしまったが――言語という存在
は、人類として成立していく中で培われてきたもので、何者かが管理
して言葉をコントロールしてきたわけではないだろうと想像する。

範囲を日本に限定して考える時、言葉だけで文字を持たなかった我々
の先達は、大陸から漢字を受け容れたことで日本語の可能性を広げて
くれたのだ。

話は展開というか寄り道というか……日本語に限らず、ほとんどすべ
ての言語は、自然発生した後に何者にも管理されることなく発展を続
けてきたわけだが、そのことに気がついたのは他愛のないところだっ
たのである。

正式な文書とは違って、人名や地名の表記が正しかったり、そうでな
かったりまちまちであるということを書物などを通して知ったのだ。

例えば豊臣秀吉が“英吉”になっていたり“秀良”になっていたりと
いう具合である。これはもう、現代とは比較できない情報量の少なさ
のなかにあって、音で“ひでよし”と聞いただけで正解が出てくるわ
けではないだろう。各自が自分の知っている漢字を適当に当てたと想
像してもおかしくはない。

そういう意味で日本語が“管理”されるようになったのは明治以降の
ことだろう。文法が体系化され学校における国語教育が普及したこと
によって、一定水準以上の共通認識としての日本語が確立したと言っ
てもおかしくはないだろう。

言語は生き物としての融通無碍な変容を続けながら未来へと向かって
いくことは抗いようもないが、それでも国家などの機関による緩やか
な手綱もまた必要としているのである。

【去年の今日】報話§マスコミに紹介された店は・・・

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