鵠話§ローエングリン~新国立劇場~[上]

月曜日に有休を取ったのは、新国立劇場の『ローエングリン』を観に
行くためだった。チケット発売に出遅れて、何とか都合がついたのが
月曜日のマチネーだったのである。

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指揮:ペーター・シュナイダー
演出:マティアス・フォン・シュテークマン
美術・衣裳:ロザリエ

ハインリヒ国王:ギュンター・グロイスベック
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ・フォン・ブラバント:リカルダ・メルベート
フリードリヒ・フォン・テルラムント:ゲルト・グロホフスキー
オルトルート:スサネ・レースマーク
王の伝令:萩原潤

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

最初に演出から書く……というつもりだが、基本的に演出はないのも
同然で、合唱の扱いがマスゲーム的なところは『さまよえるオランダ
人』と同じく、能のない演出家のシュテークマンがやっていることの
焼き直しに過ぎない。こんな演出家を使うのは、ひとえに“七光り”
の弊害でしかないのだ。

1994年からバイロイト音楽祭の『ニーベルングの指環』の衣装と装置
で名前を売ったロザーリエの衣装も装置も陳腐そのもの。特に、背後
に組まれた格子は、ベルリン国立歌劇場でクプファーが演出した指環
のパロディーにすらなっていなかった。

こうなると、2008年に観たバイロイトの演出不在の舞台を思い出して
しまう。しかも格子に映るのが花火のようなものであったりというイ
メージの貧困さ。

特に三幕は、舞台上に3つの“でんぐり”が置かれて、お約束のベッ
ドなどはなしとは、何を意図したものか皆目わからず。ローエングリ
ンの名乗りの後に毒づいたオルトルートが倒れもせずに下手に去って
いってしまったとか、ゴットフリートを残してエルザ以下全員が舞台
から去ってしまったというのも意図が見えなかったり効果がなかった
り……舞台を見る喜びがどこかに消えてしまった数時間だったのだ。
                            [続く]

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