鵠話§ローエングリン~新国立劇場~[下]

[承前]

さて、音楽全般についてまとめてみる。今回、歌にもオーケストラも
不満を抱くことはほどんどなかったと言っていいだろう。何を言って
もタイトルロールであるクラウス・フロリアン・フォークトの歌唱に
尽きてしまうとは過言でも何でもない。

もちろん、2008年にバイロイトのマイスタージンガーでワルターを聴
いた時のリリックな声質は健在で、それにいくぶんか強さも加わり、
全体として締まりがついてきたのは間違いのないところ。

ただし、あまりに明るすぎる声のゆえに、これまでのワーグナー・テ
ナーが持っていた重暗い陰翳はなく、それが不満といえば不満だが、
ある意味で“モダン”なるワーグナー・テナーということだろうか。
いずれにしても去年のヨハン・ボタに続いて、見事なローエングリン
を聴かせてもらった。

その他の歌手もきちんと歌ってはいたが、女声2人はやや不安定さが
耳についてしまったようである。

特筆するべきは、三澤洋史率いる新国立劇場合唱団の歌声であろう。
バイロイト音楽祭の聴き物だったワーグナー・コーラスの地盤沈下を
痛切に感じていた身にしてみれば、日本でこれほどの質の高い合唱を
聴けることは大きな喜びである。手塩をかけるとはまさにこのことで
ないかと思う。この合唱団こそ、新国唯一最大の功績ではないかとは
いくら言っても言い過ぎではなかろう。

最後になったが、ペーター・シュナイダーの指揮のおかげで、安心し
て東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を楽しむことができた。まさ
に“職人”として、大向こうをうならせるようなことをすることはな
いが、きっちりとした仕事ぶりはもっと評価されるべきで、日本の聴
衆が座付き系の指揮者を軽んじる傾向が多であることは、根拠のない
悪しき先入観で、あなどってはいけないのである。     

《憬話§我々の“バイロイト音楽祭”2008.08》

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