偽話§天日坊~コクーン歌舞伎~[中]

[承前]

役者である。まずは何を言っても勘九郎の法策、そして天日坊。父親
勘三郎であったら、まず彼のように芝居することはできまい。それは
勘九郎の直線性とでも言ったらいいだろうか。
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台本をシェイプしていくことで浮かび上がったのが“俺は誰だ?”と
いう、いわば自分探しというテーマである。単なる孤児だと思ってた
法策が、ふとしたことで頼朝御落胤の証拠の品を自分の物にして、う
まいこと成りすまそうという目論見は、すぐに綻びを見せてしまう。

通りすがりの人間を殺し、法策が死んだと見せかけてしまったので、
“法策という人間”も存在しなくなったところで気がつく自分という
存在。そのあたりを勘九郎のシンプルな演技が際立たせていく。これ
を父親が演じたら、もっと技をきかすところだろうが、これはあくま
でも若いがゆえの道筋なのである。

そんな法策に絡む同じ寺男の久助(白井晃)が、実は(なぜか)大江広元
であるという、かなり無茶ぶりな設定で法策を追い詰めていくのであ
るが、久助実は大江広元を演じた白井晃が沈着冷静な役作りでツボに
はまっていたのだ。

この人、初めて観たがうまい役者だと思った。何より声が安定してい
て、前の週に観た『桜の園』で芯を演じた男優の、ニュアンスに乏し
くがなりたてるだけの口跡に比べても、格段の冴えが感じられた。や
はり役者は声なのであると思いしらされた……収穫である。

ということで、まとまりそうにもないが、まとめるのは次回の心だ~
                            [続く]

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