悼話§M・シュヴァルベさん(コンマス)

カラヤンとベルリン・フィルの蜜月関係の中心になっていただろうと
いう人間が、コンサートマスターだったミシェル・シュヴァルベなの
だった。まさにアンサンブルの中心にいたのだった。

彼の演奏を間近に聴いたのは1979年の普門館でのコンサート。ドヴォ
ルザークの第8交響曲2楽章のソロがシュヴァルベだったはずで、そ
の艶やかな重音の音色は今でも耳の奥に残っている。

シュヴァルベがベルリン・フィルのコンサートマスターを辞めるにあ
たって後を継いだのが、彼の弟子であった安永徹だった。コンマスに
選ばれた時に安永は……

「自分がコンサートマスターになったことより、日本人の自分を
コンサートマスターに選んだベルリン・フィルがすごいことだ」


……ということを語っていたのだが、彼よりもはるか以前からベルリ
ン・フィルはインターナショナルなオーケストラに変貌していたこと
は言うまでもない。

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