永話§歌舞伎の楽しみ~遅ればせの~下

[承前]

花形で下地を作っておくことで、大歌舞伎への準備をするわけだが、
大歌舞伎で芯になるような役を演じて様になるのは、四十代半ばから
五十代にという……この時期が歌舞伎役者としての充実して脂の乗り
きった時代なのである。

その先に“円熟”という、おそらく明治期までの歌舞伎では見ること
のできなかった世界を、我々は楽しませてもらっているのだ。平均寿
命の伸びた20世紀において、六十代、七十代どころか八十代になった
役者の熟しきった芸を見ることができるのだ。

そんな人間国宝5人合計で四百歳を超えるという『野崎村』を観たの
は2005年のことだった。雀右衛門、芝翫、富十郎、藤十郎、田之助と
いう“老人”が繰り広げた……リアリズムを超越した芸の円熟の奇跡
とでもいうものだった。

我々観客の側も、長生きができるのであれば、50年や60年にわたって
自分の時代の歌舞伎を観続けることができるのである。我々夫婦が歌
舞伎を本格的に観始めたのは四十代の半ば過ぎ。同年齢の役者達は、
花形を卒業して大歌舞伎に進んでしまっていたのだ。

何とももったいないことをしたと思ったが、こればっかりはもう遅い
のである。同世代の役者を数十年観ることはできないが、せめては満
遍なく芝居を楽しむことで、多くを吸収しようと考えるのである。

そんな中で同世代の勘三郎との、この先20年から30年の時間が消えて
なくなったことは痛恨のままでいくということなのだ。死んだ人の年
は数えられない。巨大な空白になってしまった。

《歌舞伎のトピックス一覧》

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