雰話§吉永小百合というオーラ・・・

宗教心もなければ、霊感であるとかスピリチュアルであるとか、とん
と縁のない人間でここまできてしまった。それでも一向に困らないの
は、ぼへぼへとした人柄のゆえであろうかと想像してみたりするが。

ところが、たった一回だけ人間のオーラを感じた(ような)ことがあっ
て、自分自身にも説明がつけられずにいる。

2005年3月から、3か月続いた十八代目中村勘三郎襲名興行最終月の
5月、昼の部の休憩時だったと記憶している。1階席後ろの通路を、
自分の席に向かって歩いていた時に、自分の右後方に存在というか、
強い気配を感じたのだ。何気なく、その方向を振り返ってみたら……

吉永小百合

……その人だった。一瞬の邂逅で終わってしまったが、あれがオーラ
なるものなのだろうかと思った。そういう感覚を疑問に感じたり、仮
に存在するとしても、鈍い感覚しか持ち合わせていないものだから、
その時にふと感じた“何か”が何だったのかをいまだに考えている。

サユリストではなけれども、あの時に見た横顔の美しさは、なるほど
“吉永小百合という存在”だと得心のいくものだった。

【去年の今日】苛話§日本人よ もっと怒れ!

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