白話§ヘレヴェッヘのレクイエム(所沢)

日曜日の午後、所沢ミューズでフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、シャ
ンゼリゼ管弦楽団、コレギウム・ヴォカーレ・ガン(ゲント)の演奏会
を聴いてきた。モーツァルト晩年の2曲である。

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交響曲第41番 C-Dur Kv.551『ジュピター』

『レクイエム』Kv.626
ソプラノ:スンハエ・イム
アルト:クリスティナ・ハマルストレム
テノール:ベンジャミン・ヒューレット
バス:ヨハネス・ヴァイサー

アンコール:アヴェ・ヴェルム・コルプス

前半、不思議なジュピター交響曲だった。音楽がカオスで、特に第1
楽章は主題以上に伴奏パートが突出して聴こえたりしたおかげで、は
てどんな音楽だったっけと思いながら聴き進めていった最終楽章では
カオスが増量(当社比)して、頭の中で原曲をオーバーラップさせなが
ら聴いていた。

ヘレヴェッヘの指揮は合唱のためのそれであるという話は色々な人か
ら聞いたことで、そうすると、あの手数の多い表現は合唱の指揮なの
かと思ったのだ。ただ、1998年に聴いたコレギウム・ヴォカーレの演
奏会で、ヘレヴェッヘは指揮棒を使って指揮をしていた。今回は多く
の合唱指揮者がそうであるように指揮棒なしだったのである。

何となく釈然としなかったジュピターに続いて休憩後のレクイエムは
コレギウム・ヴォカーレの合唱能力が十全に引き出されての佳演とな
った。加えて4人の独唱者もバランスのいい優れた歌唱を聴かせてく
れた。特にソプラノのスンハエ・イムの芯の通った高音は美しい。

独唱者のアンサンブルを聴いていると『コシ・ファン・トゥッテ』や
『ドン・ジョヴァンニ』のそれを彷彿とさせられて、フィオルディリ
ージやドン・オッターヴィオが歌っているのではという錯覚に陥りか
けた。聖と俗は紙一重ということなのだろうか……雑念。

アンコールの“アヴェ・ヴェルム・コルプス”は、我が家にある録音
とはひと味もふた味も違う辛口の仕上がりに、来るべきお迎えを待つ
のも難儀なことだと考え込んでしまった。彼岸はまだ遠いようだ。

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