懐話§昭和三十年代~銭湯~

[承前]

実家には風呂がなかった。なので、ずうっと銭湯を利用していた。町
内には幹線道路を隔てて2軒の銭湯があり、記憶をたどれば自分自身
が行ったことのある街中の銭湯は5本の指に余るはずである。

そうはいっても日々通うのは一番近い銭湯で、徒歩3分足らずの立地
にあった。その立地は街の中心で、商店と飲食店が混在したようなと
ころなのだった。

たいていは学校から帰ってきて、それから夕食までの間に入ってくる
のが日常の流れ。桶に石鹸とシャンプー、それにタオル類にヘチマを
抱えていくのだ。

せっかく金を払って入るのだからというわけではないが、行って帰っ
てくるまで一時間は居たように思う。まずは湯舟に入る→体を洗う→
湯舟に入る→頭を洗う→湯舟に入る→あがる……とまあ、こんな具合
である。

夕方18時前に入ると番台の人の頭上にラジオが置かれていて、決まっ
て大相撲中継だったりした。少し時間が遅くなるとプロ野球の中継放
送が流れていて、風呂から上がった連中が体を乾かす間、しばし耳を
傾けていたのだった。

だから銭湯で聴いたスポーツ中継の記憶は、決まって夏場のナイター
であり、国技館の五月場所に、名古屋の七月場所に限定されているよ
うな気がする。
                            [続く]

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