街話§J街通信[89]3年もたずに閉店

[承前]

ネットを眺めていたら、2010年12月に賑々しく開店した天麩羅の店が
来週の月曜日で閉店するということを知った。店の消長は世の常では
あるが、それが顕著に見えた一つのケースということで書き留める。

その店――天ぷら革命という枕詞が付いている――が開店した頃のこ
とはよく覚えている。かつては神保町の名店の一つ“天麩羅いもや”
が商いをしていた。何度か通ったこともあり、問題なく繁盛していた
のだが、諸々の事情で閉店したのだ。

その後を居抜きで借りたのが件の店。ネット雀の話すことを聞いてい
ると、某ファストフードで部長職にあった人が退職して店を出したと
いうことだった。

……ところが、この店に客がさっぱり入らない。ネットから伝わって
くる評判も芳しくない。どうしたもんかなあと思っていたら、ほどな
く迷走が始まった。定食1000円だったかという路線をあっさり変更し
て、丼物を出し始め、値下げを繰り返すようになったのだ。

開店から一年足らずの2011年11月には、あの神田天丼家が路地を入っ
てすぐに移転してきてしまった。お昼頃に2軒を覗いてみると、天丼
家のカウンターは満席で数人の待ちだったりするのに、表通りの立地
にありながら、数人の客という有様が珍しくなかったりした。ついで
に、靖国通りを挟んだ斜め向かい角には“てんや”も店を出していて
“前門の虎&後門の狼”という環境でもあった。

かくして、攻め手を失った店には店主が顔を見せることもなくなり、
日々従業員のみでの営業という白旗状態になったのは一年くらい前の
ことである。

店が立ち行かなくなる理由は様々で、これこそが原因だと断定するこ
とは不可能だとは思うが、3年間外側から眺めていて思ったのは、フ
ァストフードの論理を個人店でということの無理さ加減ではなかった
かということで、そのことに気づいていたかいなかったかはわからな
いが、開店した時の意気軒昂さは、3年で30店舗を展開するとかいう
大風呂敷話で、何を根拠に自分を恃んでいたのだろうと思うのだ。

結局、3年間で一度も店に入ることなく終わったのは、相変わらずの
新規開拓下手だったということと、人づての評判が全然だったこと、
そして神田天丼家の天丼で十分満足していたからという以上である。
                            [続く]

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