悼話§堤清二[辻井喬]さん(西武パルコ)

大学時代に池袋西武上階の本屋“リブロ西武”の奥にあったカフェで
ギャルソンのアルバイトを2年間ほどしたことがある。

カフェ厨房奥の突き当たりに従業員用の階段があり、そこを何人かの
秘書を従えた堤清二が、駆け上がったり駆け下りたりする姿を何度か
目撃したことがあって、何ともエネルギッシュな人だと思っていた。

1970年代半ばは、彼の絶頂期だったと言ってもよく、西武百貨店以外
にも、各地にパルコという業態を展開して、単なる小売業といいうだ
けでなく、カルチャーへの積極的な進出を試みていた。

それを象徴するものが渋谷西武最上階の西武劇場(現・パルコ劇場)で
あり、京橋の銀座セゾン劇場(現・ル テアトル銀座)なのである。

小売店とカルチャーの融合が目新しいかというと、日本橋の三越本店
には三越劇場があるし、かつては渋谷の東急東横店には東横劇場が存
在していた。

だが堤清二の戦略は、カルチャーをより前面に押し出してのもので、
堤自身ばかりでなく、豊富なブレーンを駆使していたということは、
池袋西武で実際に眼にしていたのだ。

そんな当時の様子は、東京に出てきて数年足らずの青二才には十分に
刺激的で、彼が考えていたことを理解し受け留めていたとは言えなか
ったが、その発想のようなものは後々の我が身の貧しいながらの思想
形成に一役買っていたことは間違いないと断言できる。

堤清二はまた、ペンネームである辻井喬の名義でマスコミ九条の会の
呼びかけ人を務めていることを申し添えておく。

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