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zoom RSS 蕪話§ツィメルマンのベートーヴェン

<<   作成日時 : 2014/01/14 00:00   >>

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1月10日、武蔵野市民会館で行われたクリスチャン・ツィメルマンの
ピアノ・リサイタルを聴いてきた。去年12月に行われる予定が、彼の
腰痛で延期された公演である。

画像

ピアノ・ソナタ第30番 E-Dur Op.109

ピアノ・ソナタ第31番 As-Dur Op.110

***************休憩***************

ピアノ・ソナタ第32番 c-moll Op.111


このところ、ベートーヴェン最後期3曲のソナタが気になっていて、
このプログラムが都内で行われる時には積極的に聴こうという気持ち
が強い。

というわけで3曲まとめての実演は4回目になるだろうか、これまで
ポリーニ、内田光子、リフシッツと聴いているが、最初の2回の記憶
は消えている。ポリーニの時は何が何だかわからずに聴いていたこと
が自分でもわかっているのだ。

というわけでツィメルマン……コントロールされた技巧、音色、ダイ
ナミックレンジと見事に研ぎ澄まされ音楽がホール空間を満たしてい
った。とりわけ弱音の美しさには、そっと小さい溜息をはいてしまう
くらいである。

31番冒頭のリズム処理にも驚かされたし、32番が終息へと向かう息長
いトリルのフレーズも実に美しいものだった。ただ、3曲すべてを聴
き終わったところで残ったものは何かしら“もどかしさという感情”
だったという不思議。

聴き終えた時の充足感は、去年2月に聴いたリフシッツには及ばず、
物足りない思いだったのである。リフシッツの時は、ある意味居直っ
た演奏で、3曲のソナタが隠し持っている殺伐感のようなものが強調
されていたと感じた。

そう考えると今回のツィメルマンの演奏は美しさという範囲から抜け
出るようなことはないままに終わってしまったように思うのだ。

ベートーヴェンが書いた最後の3曲のピアノ・ソナタは、演奏家には
様々な演奏を可能にし、聴き手にも様々な聴き方ができるようになっ
ていて、永遠の聴き手としては聴くたびに何だかわからなくなること
の多い曲だと感じるのである……今回も宿題を出されてしまった。

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