悼話§ピート・シーガーさん(歌う人)

すべては、ピート・シーガーの手になる“We Shall Overcome!”なの
である。

アメリカという国に行ってみようだなどと、この年齢になった今では
考えられないことである。夥しい銃の数には、今だ理解しがたい銃依
存が見てとれる……ある意味で原発依存と同じではないかと言われて
も否定できないのではあるが。

だが、アメリカという国の中にある、彼に代表されるような“プロテ
スト”する思想が連綿と受け継がれているように思うのだ。それは、
民主主義を継続していく上で当然の権利とみなされ、尊重されている
ということなのだ。

そしてアメリカの人達は、プロテストするノウハウを着々と自分達の
ものにしてきたのである。日本にあっては、脱原発、反原発運動が、
継続性のあるプロテスト行動として、遅まきながら官邸前や国会前の
金曜抗議行動として形作られてきたのである。

今ここで、我々が形を作って定着させていかなければ、あっという間
に日本の民主主義形態は瓦解することになるだろう。20世紀前半の日
本へと時計の針を逆行させることは、我々よりも若い世代にとって、
確実に悲劇が待ち構えていることは言うまでもなく、何とかせねば。

合掌

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