詐話§さむら かわちのかみ ではない

未完に終わったモーツァルトの『レクイエム』は“匿名の依頼主”が
存在していた。後に、アマチュア作曲家である某田舎貴族からの依頼
であるということが判明している。

フランツ・フォン・ヴァルゼックという依頼者が、レクイエムを自ら
の作品として世に出そうと目論んでいたというのが真相なのだった。

というエピソードを少しだけ髣髴とさせるような椿事が発覚したのは
昨日のことである。佐村河内守――つい昨日まで“さむらかわちのか
み”だと思い込んでいたが“さむらごうちまもる”なのだった
――と
いう全聾の作曲家が、自分の作品は“イメージをゴースト・コンポー
ザーに伝えて作曲させていた”と告白したのである。

多くの人間はエピソードに弱い。エピソードが強烈であればあるほど
エピソードの主を特別な存在と思い込んで持て囃すというのは、今に
始まったことではない……あの演奏家、この音楽家などなど枚挙に暇
がないのだ。

基本的には、そういった売り出し方をしている人達に興味はなく、ほ
ぼ完全スルーであるが、あるいは!優れた才能を見落としていないと
も限らない……などと思ってはいない。

いつも考えることだが、こういう行為が発覚しないままに最後まで行
き着けるものだろうかということがある。誰がシナリオを書いて、こ
のような仕掛けをしたのか。意図的な売り出し方であるのは最初から
わかっていたケースではあるのだが。

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