悼話§放駒親方(元大関・魁傑 元理事長)

けがや病気による休場がさほど珍しくない角界にあって、1966年秋の
入門から、1979年初場所で引退するまでを休場なしで勤めた名力士と
呼んでいいだろう。

2010年、大相撲協会の理事長に就任してからは、八百長問題の処理が
彼の肩にのしかかってきた。多くの事実が発覚する中で五月本場所を
中止し“技量審査場所”という形で無料興行を打つという、いわば英
断を下し、膿を出すべく様々な軋轢とも対峙しなくてはならなかった
のである。

あのような事態が起きなければ理事長に就任することもなく、一親方
として相撲人生を全うしただろうと想像するが、遠目で見ていても損
な役回りと思ったのだった。

辛うじて大相撲は崩壊の危機から免れることができた時、放駒親方は
疲労困憊の態だっただろう。

合掌

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