板話§三人吉三~コクーン歌舞伎~

張り詰めた3時間の舞台……“伝統の中の革新”を見せてもらった。

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この歌舞伎の主役が二十歳前後の、それこそ渋谷界隈にたむろしてい
る“チーマー”のようなちんぴらギャングだと思えば、勘九郎、七之
助、松也といった配役には十分に納得がいく。

それがたとえ、力不足であったとしても“今そこにある吉三像”を鮮
やかに浮かび上がらせることに成功していた。2007年に観た時の不満
のようなものはまったくなかったのだ。あの時は、串田演出と役者と
が乖離していたのではなかっただろうか。

今回際立っていたのは、黙阿弥特有の七五調の台詞と、普通に話され
る台詞をはっきりと区分けして芝居したことである。そうすることで
“黙阿弥の七五調”が存在感を増して浮かび上がってくることに驚か
された。

そして、江戸の巷の猥雑な空間で語られる普通の台詞もまた生き生き
と主張していたと強烈に感じたのである。これを2007年の勘三郎、福
助、橋之助が舞台に立っていたらどうだっただろうか。おそらくは、
歌舞伎の風味が色濃く出ただろう。だが“今ある”という空気ではな
く、ある意味お約束的歌舞伎の世界が展開していたと想像したのだ。

コークーン歌舞伎の目指すものが、今ある歌舞伎の舞台であるとする
ならば、今回の『三人吉三』は、まさにそのもので、若いエネルギー
が舞台を駆け抜けたと見えたのだった。

彼ら三人は、勘三郎が長年培った土壌から発芽した新しい息吹きであ
る。我々は、勘三郎が残した大きな遺産に感謝しなくてはならない。
そしてまた、歌舞伎の大きな歯車がゴトリと動いたような気がする。

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