悼話§坂井義則さん(聖火最終ランナー)

1964年の東京オリンピック開会式、聖火の最終ランナーとして走った
坂井義則は、1945年8月6日、原爆が投下された1時間半後、広島県
三次市に生まれた。彼自身は被爆者ではないが父親は被爆している。

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リアルタイムで東京オリンピック開会式のテレビ中継を見た人間にす
れば、そうしたエピソードは平和の祭典として実にふさわしいものと
して映ったのだった。

大学を卒業後、テレビ・メディアの仕事を始めた坂井だが、後年……

「平和の祭典などという美しい言葉は捨てた方がいい。五輪はアマチュアの祭典でも平和の祭典でもなくなった。金もうけのための祭典じゃないか」

……という言葉を発している。それは、まだオリンピックを“無垢な
祭典”と思っていた時代を生きた人間が感じた、あまりにも乖離した
現実について、ありのままに吐露した実感だったと思うのである。

合掌

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