独話§ベルリンの壁崩壊から25年

ベルリンの壁が崩壊したのは、1989年11月9日なのか10日なのか……
説が分かれているのは、このような事情ということのようだ。そうで
なくても25周年記念式典は、両日にまたがって行われたのであった。

1989年といえば1月7日に昭和天皇が死を迎え、元号が昭和から平成
へと移行し、年末にはバブル景気破綻のきっかけとなる、大幅な株価
下落が起きてい。さらに中国では“天安門事件”で、多くの死傷者が
出たのだ。

この年、東欧ドミノの中で最も象徴的な出来事として“ベルリンの壁
崩壊”を挙げないわけにはいかないだろう。それに先立って8月、ハ
ンガリーのショプロンという、オーストリアと国境を接している町で
“汎ヨーロッパ・ピクニック”が行われた結果、数百人の東独市民が
徒歩で国境を越え、オーストリアへと入国していったのである。

そして、そういったことの素地を培った大きな原動力の一つが、1982
年から行われていたライプツィヒの月曜デモであることを忘れてはな
らないのだ。

ベルリンの壁が旧東ドイツによって建造されたのは1961年のことで、
その時小学校1年だった。物心がもう少しついてきた頃に、分裂した
国と国を隔てている“壁”が存在すると知って、子供心に心を痛めた
記憶がある。

そうして7歳だった子供が35歳という中年を迎える頃になって、よう
やく壁が崩壊したのだった。世界の体制というものを理解するように
なった時、ベルリンの壁が崩壊するようなことなど、あり得ないとも
思っていたのだ。

だがしかし永遠の体制など存在せずベルリンの壁は崩壊した。我が眼
はリアルの壁を見ることはなく、ベルリンを初めて訪問し、壁のない
ブランデンブルク門と向き合ったのは1998年のことである。

そして今、我々はこんな合成画像を見ることができるのだ。

《ベルリンのトピックス一覧》

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