米話§アンカレジ経由~北極回り航路~

1980年代、日本からの欧州便は南回りかアンカレジ経由の北極回りが
主流だった。

ごくたまに、モスクワのシェレメチェヴォ空港経由が飛んでいること
もあったが、下に貼ったルフトハンザの1987年時点の時刻表とおりで
北回り便が圧倒的優位に立っていたのである。

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自分自身はというと、1981年に北回りでフランクフルトから帰国した
のが1回と、1982年に成田から南回りでフランクフルトに向ったのが
1回あった以外、すべてシベリア上空を経由してのフライトだった。

我々が乗った南回りでは、経由地が香港、カラチ、アテネと3か所で
離発着というフライトもあり、それぞれ1時間以上のトランジットと
いうことで、所要時間も20時間くらい要していたという記憶である。

そんな中にあってアンカレジ経由は14時間くらいで成田とフランクフ
ルトを行き来できたので、当時としてはありがたいフライトだったと
思うのだ。

そんなアンカレジ経由は1回だけだったが、離陸までの1時間ちょっ
との空港待合室での待機は、なかなかに賑やかなもので、アンカレジ
名物“きつねうどん”で早々と日本を先取りしてみたり、自分は買わ
なかったけれど、スモークサーモンや子持ち昆布といったアラスカの
名産も売られていて、お土産を買い忘れた人達のお助けスポットにも
なっていた。

そんな北極回り便が消滅したのは、ソ連が崩壊しつつあった1980年代
終わり頃のことである。そしてノンストップで飛ぶシベリア便は、フ
ランクフルトまで行きで12時間足らず、偏西風に押されての帰国便な
ら、11時間を切って飛んでいるのである。

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