雅話§百人一首考[25]~なにしおはば~

[承前]

三条右大臣(さんじょうのうだいじん)

名にしおはば 逢坂山の さねかづら
人にしられで くるよしもがな


いよいよ怪しくなってきた百人一首考である。ここまで、歌人の名前
は知っていても歌は知らないとか、あるいはその逆もあったりするも
のの、さて三条右大臣は知らないし、この歌も記憶に薄っすらとしか
残ってはいない。

「さねかづら」は“共寝(さね)”の掛詞にして“逢ふ”の縁語という
複雑な構造を持っている。まだ、ろくな知識もなかった高校生の古文
授業で、枕詞までは何とかなっても、掛詞だの縁語などが出てきた時
には、すっかりお手上げになってしまっていた。

だから、一つの言葉が幾層もの意味を持っていてという古文の世界を
味わうことなどできようはずもなかったのである。当然ながら、これ
が恋愛の歌で“人に知られることなく逢瀬ができないものかなあ”と
いう思いであるなど理解できるはずもなかったのだ。

逢坂山は、京都の東にあって「これやこの」の逢坂関があったことも
あって、東国に向かう人を京の町中から見送る人が、名残り惜しいと
送っていく場所だった。京の中心にあたるであろう四条烏丸からは、
およそ10kmで徒歩2時間ほどの路程だから、古の人々は苦にすること
なく見送ろうと歩いていったことだろう。

京に生まれて京で死ぬ人々にとって、逢坂関の先、琵琶湖から伊吹山
地を越えることなど想像もつかず、不安な面持ちで送り出していたの
かもしれない。
                            [続く]

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