雅話§百人一首考[34]~たれおかも~

[承前]

藤原興風(ふじわらのおきかぜ)

誰をかも 知る人にせむ 高砂の
松も昔の 友ならなくに


この一首も知らない。おまけに作者である藤原興風という名前も知ら
ない……というところで、歌について考えてみる。

自らの老いを嘆いている歌で「身近にいた友人が次々に身罷ってしま
う。高砂の松は大昔からあるけれど、彼が友というわけでなし」くら
いの意味だと思うのだが。

さて、平安時代の平均年齢は男性で三十代半ばである。そんなに早く
死んでしまうものかと、既に六十代に達してしまった我が身と比べて
不思議に思うのだけれど、そうなるとあの時代のを司っていた人たち
もまた四十代には一線を退いていたのであろうか。そうでなくても、
周囲の同僚が次々にあの世に逝ってしまうのを目の当たりにすれば、
生きる意欲は失せて、無常観が漂うことになってしまうのも当然だ。

なまじ生きながらえたほうが、ババ抜きでジョーカーを引いたような
気分になってしまうわけで、長生きしてる松に向かってグチをこぼし
たくなるのもしかたのないところなのだろうな。
                            [続く]

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