雅話§百人一首考[39]~あさぢふの~

[承前]

参議等(さんぎひとし)

浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の恋しき


帰ってきて一週間、さて再開……詠み人も歌も全然わからないんです
けれど。

千年前の人間も、今の人間も“忍ぶ恋”とやらに心乱されてしまうと
いう構図であるわけだが、何となくではあるけれど、その昔の人たち
のほうが遊び心らしきものがあったような気がしてならない。

今の恋愛事情とは、かなりかけ離れた意識があったのではないだろう
か。現代のほうが、何がなし切実感があるように感じられてしまい、
古の恋愛には遊び心とかかけ引きの妙のようなものが散りばめられて
いたのではなかろうか。

などと書いてはみたものの、やきもきする度合はどちらも似たような
んじゃないのと、結局はそんなあたりに落ち着いてしまうのだけど。

それにまあ、詠んだ歌を短冊に認めて相手に送り返事を待つ……今は
携帯メイルが即時に心を伝えて、早ければ1分足らずで返事が戻って
くる。そういうことが、今ならではの切実感を生み出しているのでは
ないかと想像してみる。
                            [続く]

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