羽話§日本航空123便墜落から三十年

また御巣鷹の尾根を思い出す日がやって来た。

30年が経ったことに驚かされる。以前にも書いたことがあるかも知れ
ないが、6日の広島原爆忌、9日の長崎原爆忌、そして15日の終戦記
念日という1945年の記憶の中に、1985年の惨事が加わって、3日ごと
忘れることのできない10日間となったのである。

4名の生存者という奇跡はあったが、死者520名という大きな犠牲
者となってしまった。ああすればよかった、こうすればよかったとは
後付けでしかなく、起こってしまった事実に対して、原因を探究して
行かなければならないのだ。

今でも、羽田発大阪行き日本航空123便が消息不明となった、事故
当日夕方の記憶は鮮やかに残っている。その日、NHKは夕方以降の
通常番組をすべて、行方不明となった日航機についてのニュースに変
更されていた。

詳細な状況が判明したのは翌朝のこと。事故当日も翌日も関東地方は
30度を超える真夏日で、山の上まで救援に向かった人たちの苦労は計
り知れないものがある。

あれから30年、航空機の安全性はどれほど向上したのだろうか。たと
え限りなく100%に近いところまで到達しても、近いところで起きた、
人為的としか考えられない墜落事故を見ると、100%安全であるとか、
世界最高水準の安全基準なる空虚な御題目を唱え続けている、日本の
暗愚な総理大臣の無表情を思い出す今日この頃なのだ。

この世に100%というものなど……100%存在しないのである。

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