悼話§橘家圓蔵さん(噺家)

自分にとっては、いまだに“円鏡(圓鏡)さん”という存在なのだが、
それは橘家圓蔵としての彼の高座姿をほとんど見ていないからではな
いかと気がついた。

前名である月の家圓鏡の人気が沸騰したのは、1960年代後半に始まっ
た『お笑い頭の体操』で彼が当意即妙な謎かけをテレビ画面で連発し
てからのことだっただろうか。それ以前から彼の存在はテレビの寄席
番組を通じて知っていたと思うのだけれど。

今時は、テレビで落語を見ることかなわなくなってしまった。その代
わりとは言えないけれど、東京都内に限っただけでも、おびただしい
数の落語の会が各所で行われるようになっていて、気軽に落語を楽し
めるようになってきているのだ。

寄席だったりホール落語だったりと、限られた空間で行われていた時
から、落語の場は大きな広がりを見せるようになったのである。

そんなマイクも要らない、20人くらいの客の会場に圓蔵がいたら……
と思わずにはいられない。享年八十一

合掌

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