懐話§昭和三十年代~蒸気機関車~

[承前]

生まれ故郷の町には両毛線が通っていた。我が町から東京に行くのは
高崎回りの高崎線経由でも、小山回りの東北本線経由でも料金は同じ
で、時間も似たようなものだった。

そんな両毛線に蒸気機関車(SL)が走っていたのは1960年代の終わり
頃までで、同時に電化路線となったのである。

といっても、それほどSLに乗ったという記憶はなく、もっぱらジー
ゼル車のほうが多かったのではなかっただろうか。

それでもSLに乗った時の記憶は強烈だった。もっとも、乗ってしま
えばSLの姿が見えるわけでもないから、おもしろいとは言えない。

SLに乗った時のお約束と言えば煙と石炭滓である。窓を開けていれ
ば、それらが客室に入ってくるのは言わずもがなで、油断をしていな
くても遠慮なく入ってくるから、夏であっても窓を閉めることになっ
てしまうのである。

我が町の国鉄駅には広い操車場があって、貨物車の入れ替えも行って
いたし、もちろん転車台の付いたSLの車庫も存在していた。駅近く
の踏切を通る時、たまに入れ替え業務のためにSLが行き来すること
があって、その様子をじりじりしながら待っていたのだ。

それは、高校に入学した年のことで、足尾線を走っていたSLが廃止
される直前だったが、駅近くの踏切の先に高校があって、登校するの
に自転車を使っていたのが、踏切の遮断機がなかなか上がらず焦った
という記憶である。
                            [続く]

《昭和のトピックス一覧》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック