悼話§大橋巨泉さん(ジャズ評論家)

大橋巨泉の存在を知ったのは、1960年台半ば過ぎに聴いていたラジオ
の深夜番組“プレイボーイ倶楽部”だった。週刊プレイボーイの創刊
に合わせてスタートした……いわば大人の蘊蓄番組だった。

それから先は、11PMをはじめ、おびただしいテレビ番組の司会を務め
たが、少なくとも昨今のバラエティ番組のそれとは一線を画していた
と思いたい。

巨泉が世に出るに至ったのは、まずもってジャズ評論家のそれであっ
て、彼がディスクジョッキーでジャズの解説をしたラジオ番組も聴い
ていた。だが、十代前半の身には馬の耳に念仏ということも多くて、
何とももったいなかったのである。

盟友であるも同然だった永六輔から5日遅れての旅立ちなのだった。
享年八十二

合掌

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