懐話§昭和三十年代~天井の電気配線~
[承前]
既にして影も形もない実家は昭和一けたの頃に建てられた、思い切り
ボロ家だった。その頃の普通の家がどれでもそうだったのかどうかは
わからないが、天井に電気配線が通っていた。
細長い瀬戸物でできた碍子が枕木のようにいくつも配置されて、布で
巻かれたコード2本が線路のように平行に張られていたのだ。要する
に、後になって“外付け”配線されたわけで、昭和初期の電気事情を
うかがい知れる様子だったのである。
そんな天井を子供心におもしろく思っていたようで、何かが動くとか
光るとか、何もなかったのだが、畳に寝転がって飽きずに眺めていた
記憶だった。
実家の屋根はトタン葺きだったからか、ところどころ隙間があって、
陽の光が細く差し込んで、それが天井の板にまで映るのだ。どれだけ
安普請なのかと子供心に思っていたわけだが、そんな過去のコンプレ
ックスとかトラウマのようなものが、小さくてもちゃんとした家への
渇望となって現れたような気がする。
一戸建てには手が届かなかったけれど、堅牢で環境的には申し分ない
小ぶりなマンションを手に入れて快適に暮らせる我が身は、しみじみ
幸せと感じるのだ。
[続く]
《昭和のトピックス一覧》
既にして影も形もない実家は昭和一けたの頃に建てられた、思い切り
ボロ家だった。その頃の普通の家がどれでもそうだったのかどうかは
わからないが、天井に電気配線が通っていた。
細長い瀬戸物でできた碍子が枕木のようにいくつも配置されて、布で
巻かれたコード2本が線路のように平行に張られていたのだ。要する
に、後になって“外付け”配線されたわけで、昭和初期の電気事情を
うかがい知れる様子だったのである。
そんな天井を子供心におもしろく思っていたようで、何かが動くとか
光るとか、何もなかったのだが、畳に寝転がって飽きずに眺めていた
記憶だった。
実家の屋根はトタン葺きだったからか、ところどころ隙間があって、
陽の光が細く差し込んで、それが天井の板にまで映るのだ。どれだけ
安普請なのかと子供心に思っていたわけだが、そんな過去のコンプレ
ックスとかトラウマのようなものが、小さくてもちゃんとした家への
渇望となって現れたような気がする。
一戸建てには手が届かなかったけれど、堅牢で環境的には申し分ない
小ぶりなマンションを手に入れて快適に暮らせる我が身は、しみじみ
幸せと感じるのだ。
[続く]
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