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zoom RSS 顧話§今日の歴史〜サントリーホール〜

<<   作成日時 : 2016/10/12 00:00   >>

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1986年10月12日、サントリーホール柿落とし。

30年前の今日、東京に待望のコンサート専用ホールが誕生した。それ
に先立つこと4年、1982年には大阪にザ・シンフォニーホールが完成
していて、東京のクラシック好きをくやしがらせたのは事実である。

そしてようやくサントリーホールが完成し柿落としが行われたのだ。
この年の4月頃、10月12日の柿落とし当日のチケットが発売された。

この日は全部で3部構成となっていて、第1部がまさに柿落としとし
て、ステージ上のオーケストラがチューニングする“A”の音を、オ
ーボエではなく、当時サントリーの社長だった佐治敬三がステージの
後ろに設置されたパイプオルガンの“A”を押して、サントリーホー
ルが“始まった”のだ。

第1部など関係者で取れるはずもないだろう、第2部はヴォルフガン
グ・サヴァリッシュの指揮でN響がベートーヴェンの第九交響曲を演
奏するプログラムで、これもハードルが高そうだと考えて取ったのは
第3部である。30年前にネット予約などあるはずもなく、電話でリダ
イヤルし続けて繋がるまで辛抱強く待つのである。

第3部は“ごった煮”のような構成で、大ホールと小ホールを使い、
オーケストラ曲を中心にしたものだったが、大ホールのステージで上
方舞の名手だった武原はんが踊ったりと……まあ、正直戸惑うような
内容だった。

画像

しかも、そういったプログラムがとりとめもなく延々と続き、いい加
減疲れたと感じる22時過ぎ、司会者が「それでは第3部の最後に『展
覧会の絵』の最後の部分を」と行った時は“もういいよ”みたいな声
が聞こえたのだ。その日は車で出かけたのだが、確かホールを出たの
は22時半頃で、車でよかったと帰宅を急ぎながら首都高を走らせてい
たのだ。

そうして誕生したサントリーホールだが、例えばホール内を案内する
レセプショニストに揃いのコスチュームで対応させたり、洒落たバー
――酒造会社ですから――も設置したりと、客が心おきなくコンサー
トを楽しめるようにという配慮も、他のホールの手本となる先見性を
発揮していたのである。

このところクラシックのコンサートに行く回数が減っていて、サント
リーホールにも年に1回か2回という程度なのは残念なところ。

ところで最後に肝腎の音響に関してだが、実は30年経ってもわからな
いでいる。いい音響のホールというものがどういうものなのか、わか
っていないのだということを白状しておく。

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