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zoom RSS 愉話§納涼歌舞伎〜第一部、第二部、第三部〜

<<   作成日時 : 2017/08/21 00:01   >>

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というわけで、先週は納涼歌舞伎週間であった。火曜日に第一部、第
二部を続けて、木曜日に第三部を観てきた。以下簡単にまとめおく。

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【第一部】
『刺青奇偶(いれずみちょうはん)』は中車の半太郎、七之助のお仲、
それに染五郎の鮫の政五郎である。2008年に勘三郎、玉三郎、仁左衛
門で観ていたが完全に筋を取り違えていた……頼りない記憶である。

今回は、その玉三郎が演出を受け持った。そんなこともあってか、七
之助の口調が玉三郎そのものであることに驚かされたが、人物描写と
してはもう一息か。

存在感があったのは中車の半太郎で、博打好きな無頼漢を演じきって
いたと思う。歌舞伎役者としてはわからないが、役者としては十分に
実績があるわけで、そのキャリアを武器にした役作りが見事だった。

『玉兎』は、6歳の勘太郎による15分足らずの独り舞台。彼の踊りを
云々することはできないが、ともかく歌舞伎座の巨大な舞台に一人で
立って、教わったとおりに踊ることがどれほど大変なことかと思うの
である。彼の先は長い。

第一部最後『団子売』は、勘太郎の父である勘九郎と猿之助のキレッ
キレな踊りに舌を巻いた。特に今回は、猿之助のお福がお多福の面を
かぶってからの踊りの見事さに感心した。

【第二部】
坂東彌十郎の父である好太郎の三十七回忌と、彌十郎の兄である吉弥
の十三回忌追善狂言『修善寺物語』は彌十郎が夜叉王を務めた。まじ
めな人柄のとおり、ていねいに演じていたが、そこにもう少し鬼気迫
る面打ち師の様を加えて描くことができたらと思った。第一部の長谷
川伸『刺青奇偶』と岡本綺堂の『修善寺物語』と、芝居の中身は違え
ども、納涼歌舞伎として上演するには少し暗いかなと思ったのだが。

東海道中膝栗毛『歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)』は
前年に引き続いての砕けたお笑いの一幕である。去年がハチャメチャ
過ぎて何だかなと思っていたので、少しはコントロールしてくるかと
思っていたら、今度は登場人物が多くなって交通整理しきれなくなっ
ていた。

推理劇仕立てだったが、途中で下手人が誰か簡単にわかってしまうよ
うでは脚本(猿之助)が悪い。推理の組み立てはもう少し事情のわかる
人間にまかせてもよかったのではなかろうか。

宙乗りは2回。幕開きで弥次喜多が戻ってくる場面と、最後狐忠信の
代わりに荒法師(化かされ)をしていた弥次喜多の二人が吊るされてし
まうというもの。

というわけで先週火曜日は、11時から17時半近くまでみっちり座って
の芝居見物で、すっかり疲れてしまい、新宿まで戻ったところで晩飯
を食べての帰宅。

【第三部】
野田版『桜の森の満開の下』は木曜日に単独で観たが、それで正解。
歌舞伎という演劇のしぶとさ、力強さを見せつけられたのであった。

第一幕は筋を追うのに精一杯で、言葉遊び満載で情報量の膨大な野田
の台本に負けてしまった……舞台の状況は何とか把握していたと思う
けれど、もう少し舞台をすっきりさせてもよかったんじゃないか。

それが第二幕では一転、凄まじい気迫の舞台となった。特に夜長姫を
耳男が殺す幕切れ近くは、言葉にすることができないほどに息詰まる
時間なのだった。残念ながら夢の遊民社の舞台は観ずじまいだったが
野田秀樹のほとばしる才能や如何ばかりか!と思い知ったのである。

亡くなった勘三郎が歌舞伎化を希望していたが叶わず、それを二人の
息子がきちんと引き継いでくれたことに感謝したい。勘九郎の耳男、
七之助の夜長姫ともに好演。それに伍して猿弥のマナコが台詞、動き
ともに抜群で見せてくれた。加えて芝のぶのエナコとヘンナコの憑依
したごとくの、いかにも芝のぶらしい演技も見るべきものがあった。



音楽は、遊民社の舞台でも使われていた『ジャンニ・スキッキ』から
ラウレッタのアリア“私のお父さん”と『展覧会の絵』冒頭、それと
幕切れにはウェールズの子守歌『Suo Gan』などなどである。

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