顧話§今日の歴史~東欧崩壊の端緒~

1989年9月11日、ハンガリー国境開放。

オーストリアの国境を接しているハンガリーの町ショプロンで、旧西
ドイツへの亡命を望んでいた当時の東独市民1000名ほどが、国境を越
えてオーストリアに入国。西ドイツへ向かったのは8月19日だった。

東西冷戦の時代、東欧諸国への行き来は認められていたので、比較的
非共産化が進んでいたハンガリーに白羽の矢が立てられての出来事で
ある。

結果としてハンガリー政府は、月が明けた9月11日に国境を開放……
一連を“汎ヨーロッパ・ピクニック”と呼んだ。

その後、11月にはベルリンの壁崩壊に象徴される東欧ドミノ革命の発
端となった。その様子を見ていた我々は、東西冷戦の終結はイコール
世界の安定に繋がってくれるものと期待していたのだが、その後に起
こったことといえば、イスラム圏中東地域の不安定化であり、その中
にあって12年後の2001年“9月11日”にアメリカで起きた同時多発テ
ロは、世界を混迷と混沌の中に誘うことになってしまったのである。

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