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zoom RSS 愉話§オペラの幸福な時間[中]

<<   作成日時 : 2017/09/22 00:00   >>

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[承前]

そして本格的にオペラハウスの引っ越し公演が始まったのが1970年代
半ばのことである。

その最初にして大きな記念碑的公演が1974年、バイエルン国立歌劇場
の公演だろう。何よりもカルロス・クライバーが初来日して『ばらの
騎士』を上演したことは特筆されるべきだ。

この公演を主催したのは某宗教団体がバックの興行主体だったが、実
質的に招聘を主導したのが佐々木忠次である。

その後、1979年のロイヤル・オペラ、1980年にベームが『フィガロの
結婚』や『ナクソス島のアリアドネ』を振ったウィーン国立歌劇場、
1981年、クライバーが『オテロ』と『ラ・ボエーム』を指揮したミラ
ノ・スカラ座まで、共同招聘されていたが、1986年のロイヤル・オペ
ラ以降は日本舞台芸術振興会(NBS)として独自招聘をするようにな
った。

そして次に来るエポック・メイキングとしては1987年ベルリン・ドイ
ツ・オペラによる『ニーベルングの指環』四部作の舞台日本初上演で
ある。

それまでのワーグナー作品上演は、戦後になっても年に一度でもあれ
ば上等で、二期会ですらワーグナーの初上演は1966年の『タンホイザ
ー』がやっとのことで、ニーベルングの指環も単発の上演を続けた結
果、第三夜『神々の黄昏』に到達したのは1991年のことだった。

かくして、日本のオペラ愛好者が遅ればせながらワーグナーに触れる
ようになったのは1980年代以降のことなのだ。

そうしてオペラの引っ越し公演は1988年に最大のピークを迎える……
バブル経済真っ只中だったこの年、3つのオペラハウスが引っ越し公
演を行った。メトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ座、バイエルン
国立歌劇場で、合わせて11演目が上演された。

バブルの時の仇花として、野外オペラの公演が東京ドームなどで行わ
れたりもしたが、わざわざ足を運ぼうとは思わなかったのである。

ちなみに前回たとえとして挙げた“1935年生まれの人”は、働き盛り
の五十代、経済的にも余裕があって、足繁くオペラ公演に日参したこ
とだろう。
                            [続く]

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