闘話§クンロク大関~九勝六敗~

“クンロク大関”というありがたくない表現を知ったのは先代貴ノ花
が大関で奮闘していた時である。

本場所の15日間で黒星を6つ献上するのは、いかに大関という地位が
難しいものであるかを物語っている一面もないわけではないが、下位
力士に取りこぼしをしなければ、2ケタの白星で場所を終えることは
できるはずだろうという思いがないわけでもない。

仮に、横綱2人、大関2人と取り組んで全敗しても、残りをすべて勝
てば11勝ではないか、あるいは同格の大関2人を倒せば13勝となり、
優勝争いに絡むことができる成績にもなる。

しかし、ほとんどの大関は横綱に昇進することも叶わず、時には8勝
で勝ち越すのがやっとだったり、負け越してカド番を迎え、翌場所は
辛うじての勝ち越しを繰り返すようなことも珍しくはなかったのだ。

だからクンロクとは大関滞在の象徴と言えなくもない、最近で言うの
だったら、白鵬は一年6場所の滞在で大関から横綱に駆け上がった。
だが、稀勢の里に至っては5年31場所を要してようやく横綱昇進を果
たしたが、ご存知のとおりで横綱に昇進した最初の場所で優勝したも
のの、五月場所以降4場所連続して休場が続き、フル出場できなかっ
た。

クンロク大関から少しばかり話が飛んでしまったが、げに相撲なるも
もは難しいスポーツで“無事是名馬”の中でも優れて強靭な力士しか
横綱の地位を維持することができないのだと知っておくべきである。

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