愉話§呑藝春秋[51]研ぎ過ぎた日本酒

[承前]

店がなくなって10年は経っているだろうが、最寄駅を降りたところに
蕎麦がメインの居酒屋があった。特段の店ではなく、酒の肴も蕎麦も
たいしたものではなかったが、他になかったので重宝していただけの
話である。

ただ、日本酒の揃えはそこそこで、その当時はまだ有名ではなかった
“獺祭”も置いていたが、脚光を浴びる以前の普通の日本酒だった。
第一、一合500円で呑めたのだから、今の獺祭ではない。

それが気がついたら、普通の酒ではなくなってプレミアが付いてしま
う日本酒になってしまった。

ただこれは書いたことがあるかもしれないが、米を“研ぎ過ぎた酒”
は、どこかあまりにも人工的と感じてしまうのである。なので個人的
には好みの酒ではない。

食べ物や飲み物には様々な夾雑物が含まれていて、それが味を形づく
る要素になっているものもありはしないだろうか。研ぎ過ぎた酒には
そんな夾雑物を取り去ってしまったような印象があるのだ。

“アクも味の内”と言う人もいて、それについては微妙だと思わなく
もないが、一理はあると思っている。その象徴的なものが“水”で、
蒸留水に比べれば、湧き出てくる岩清水のほうがはるかにうまいとは
言うまでもないことである。
                            [続く]

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