紫話§十月大歌舞伎~仁左衛門の助六~

ようやく成田屋以外の助六を観ることができると、勇んで花道が見え
る席を奮発して出かけたのが、先週木曜日のことである。十八世中村
勘三郎七回忌追善公演。

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口開け『宮島のだんまり』はまあ……役者を見せるための演目という
ことで。

よかったのは次の『吉野山』で、まずは花道の玉三郎の美しさ。当月
夜の部は、3演目とも花道で見せることが多いが、玉三郎の静御前の
花道の雰囲気は別物である。艶やかさの前に時間が止まったようにも
感じられた。

そして、静御前に従う勘九郎の忠信のきっぱりした所作。抑制しつつ
も、そこからほとばしるエネルギーの強烈さよ。この日一番は、この
吉野山である。

待望久しかった仁左衛門の助六、東京では襲名以来20年ぶりである。
悪かろうはずはないのだが、線の細さを感じたのは、おそらく数回は
観たはずの團十郎の助六のフォルムが記憶の中に残ってしまっている
からだろう。

発声に少し難のあった團十郎だが、今思えば助六の台詞はすべて耳に
届いていた。仁左衛門の助六は、時に台詞が聴こえてこないこともあ
って、颯爽とした姿の奥に老いを感じることになってしまった。げに
あと10年早く出してくれていればなあと思うことになる。

助六が、何も成田屋の専売特許であるはずもなく、やれる役者がいれ
ば舞台に出すのが歌舞伎座の仕事であるのではないか。そこに何の遠
慮があるのかと考えるのだが。

仁左衛門の助六、勘九郎の白酒売新兵衛、七之助の揚巻、玉三郎の満
江の4人の姿の何とスマートなこと。これもまた21世紀の大歌舞伎が
見せてくれる風情なのだ。

最後に、助六の花道出端は、成田屋とは振付がずいぶん違っていたよ
うだが、御簾内が成田屋の河東節ではなく、長唄が使われていたから
であろうか。それと揚巻の台詞「五丁町は暗闇じゃぞ!」がなかった
ようだが、聞きもらしたか。

歌六が髭の意休、彌十郎が通人、亀蔵が若衆艶之丞、又五郎がくわん
ぺら門兵衛、巳之助の朝顔仙平。

ちょっと残念だなと、そんな思いを抱きつつ、それでも今夜もう一度
――3階席からだが――観ることにする。

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