過話§備忘録的な何か~2018年10月30日付~

10月16日……一か月くらい電池切れを放置していた“勉強部屋”の掛
け時計に電池を入れた。前回の交換は2014年のことで、単三電池一本
で4年間動いてくれたのである。

10月16日……歌舞伎座で十月大歌舞伎夜の部の2回目。

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前の週は、花道を見通せる席を張り込んだが、この日はいつもの3階
席で、花道は七三くらいしか見えない。一本目『宮島のだんまり』は
パスして『吉野山』から。相変わらず玉三郎の際立つ美しさ。殊勝に
従う勘九郎の忠信だが、踊りは確かなもの。

2度目の『助六』は前回よりも落ち着いて観ることができたと思う。
花道の出端が長唄であるからか、年齢的なものであるかはわからない
が、河東節による團十郎の出端が10分ほどだったのに対して、仁左衛
門は5分ちょっと……御簾内が長唄であったからか、年齢を考えての
ことであろうか。

歌六の意休、彌十郎の通人、亀蔵の若衆は変わらぬ安定。仁左衛門の
孫千之助が福山のかつぎだったが、一回目の時は大丈夫だろうかとい
うほどの大根ぶりも、2回目はずいぶんと締まっていたけれど、巳之
助の朝顔仙平ともども、ベテラン勢に囲まれて分は悪かった。

観終わって、やはり七十代の助六はきついと感じた。歌舞伎座で20年
ぶりというのはいかにももったいない。何度でもというわけにはいか
ないだろうが、せめて10年前、六十代で仁左衛門の助六が観たかった
としみじみ思う。

勧進帳の弁慶は誰々、弁天小僧菊之助は誰々と、固定化しているとは
思わないけれど、観る側にしてみれば、違う演者での上演も楽しみだ
ったりするのだが。

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