惜話§十八世中村勘三郎七回忌

早いもので十八代目中村勘三郎七回忌を迎えた。思い出しては事ある
ごとに繰り言が口をついて出てしまう……これはもうしかたがない。

先月、歌舞伎座の十月大歌舞伎は勘三郎の七回忌追善興行でもあった
が、昼の部の『佐倉宗吾』は、勘三郎の持ち役だったし、夜の部で観
た『助六』は、勘三郎還暦の年に舞台に出そうとして果たせなかった
演目である。さぞや助六を演じたかっただろうと、観る側からしても
残念な思いが募ってしまう。

↓11月の平成中村座も七回忌追善
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六十を越えたら、あまり無茶はしないように舞台を務めたと想像しつ
つも、生来の“出たがり”が簡単に治るはずもないから、次々にアイ
デアを実現しようと画策していたのは間違いのないところ。

役者仕事とプロデューサーとしての能力を両立させつつ、歌舞伎人気
の中心として獅子奮迅の働きをしていただろうに。ただ、これは何度
か書いたことだが、2008年6月にシアターコクーンで『夏祭浪花鑑』
のカーテンコールの時に勘三郎が「一日に2度やる芝居じゃない」と
言った時、それは老いを自覚した勘三郎の本音だと感じたのだ。

“やらずにはいられない”……それが勘三郎の実像で、そんな性分を
抑えられないままに旅立ってしまった。

毎年毎年この日が来るたびに、一歳年若くエネルギッシュだった勘三
郎のことを思い返しながら老いを重ねていくことになるだろう。それ
が生き残った人間の性(さが)なのだ。

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