発話§クス・クァルテットを聴く[2]

[承前]

というわけで、5回にわたるベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲シリー
ズのうち2回を聴いたわけだが、その2回目である。

画像

ベートーヴェン:
弦楽四重奏曲第15番 a-moll Op.132

**********************休憩**********************

弦楽四重奏曲第13番 B-Dur Op.130『大フーガ付』

何がなしな“違和感”を抱いた1曲目。終始もどかしい思いを感じて
しまった。流れてくる音楽が、どことなく“自分たちの音楽”として
届いてこないようなのだ。

彼らにとって満を持してのベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲プロジェ
クトだったのだが、熟した音楽の実りというには、どこかもやもやで
物足りない1曲目なのだった。

後半、大フーガを最後にオリジナル構成となった13番。いくぶんかは
持ち直した――特に終楽章――けれど、第一ヴァイオリンのヤナ・ク
スの音の出だしが、何となく曖昧で2楽章のプレスト、4楽章のレン
トナーの形が見えてこなかったと感じたのである。

手を変え品を変えでアーティキュレーションの変化は顕著に聴こえて
くるけれど、時としてそれがゆえにベートーヴェンの音楽の構造的な
るものが犠牲になっていたのではないか。

もちろんこれは、あくまでもその場で聴きながら、瞬間瞬間に感じた
個人的な感慨だから、まったく違う印象を持った人だっていてもおか
しくはないだろう。

20年近くクス・クァルテットを聴いて、ようやく彼らのベートーヴェ
ンにたどり着いたのだが、収穫の時はもう少し先のような気がする。

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