音話§ロベルト・シューマン、なぜだろう

シューマンの交響曲を聴くと、特に2番で強く感じることが
ある。

限定的な意味での“ヨーロッパ的なもの”が強烈に印象づけ
られるのだ。それは古典派の作曲家の交響曲から感じられる
ことはなく、同じようなロマン派でもブラームスやワーグナ
ーの作品からも感じ取れることはない。

個人的な感じ方の問題、あるいは何かしら植えつけられた先
入観として片付ければいいだけのことだが、2番を聴きなが
ら突然眼の前に大聖堂が聳え立っていく様を見るのである。

これがブラームスだと人間の造形したものではなく、自然の
様は見えるのである。第4交響曲の4楽章のある部分で、冬
の凍てつく北ドイツの枯れた草原風景は彷彿としてくるが、
シューマンのようなわけにはいかない、なぜか……。

彼のリートは言葉が介在するためか、そんなことはなくて、
『詩人の恋』も2つの『リーダークライス』もあまり気張ら
ずに耳を傾けることができる。

自分にとってシューマンの交響曲はブラームスやメンデルス
ゾーンの交響曲より、はるかに縁遠いものである。たとえ先
入観であるにせよ、そういうイメージを呼び起こすものが何
か、少し追いかけてみる。

★ひだまりのお話★

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